小中学生不登校増加、その原因と対策

         ー不登校者増加、その背景と対策を検討するー


    ☆はじめに・・・。

 97年度、不登校者数は10万人を越え、子供の数が減少しているにも関わらず、その数は増加
した。 不登校を問題行動であると限定した場合、何故そのような事が起こるのだろうか? その
原因を、不登校に陥り、そして立ち直った者達の最大公約数的な心の流を占う事を中心に探る。
 また、改善させるためには、どのような対策が必要なのだろうか?


  ☆不登校に陥る者達の心理

 不登校と一言で言っても、それに陥っている子供達の原因は多様である。  
 直接的な原因で言えば、「いじめ」、「学習についていけない」、「他の楽しみに誘惑される」などが挙
げられるが、問題とされているのは、もっと根の深い部分である。  
 現在は、あらゆる価値観が併存し、対立する価値観同士が共存する時代である。 
 膨大な情報量とそれへの処理能力の不足、従来の画一化された伝統的な価値観が、西洋的な個人  
主義の挑戦を受けた結果が、現状の姿であろう。
 今までは正しいと胸を張って主張できた事が、それに対立する価値観を認めていこうという気運が高ま
り、そのトーンを落とさなくてはならなくなっている。
 この場合では、「学校には絶対行かなくてはダメだ」という基本的な価値観でさえもその主張が弱まり、 
「無理に行かせる必要はない」という主張が幅を利かせている。
 つまり、本来なら無理矢理学校へ行かせればそれで済んだ生徒達が、こうした甘やかしとも言える傾
向によって不登校者となっているのである。 
 その不登校となった生徒達の最大公約数的な原因は、「法皇のリバース」が示すように、考えの未熟
さにある。 


  ☆学校へ行き始める生徒達の心理

 学校へ行き始める生徒達の多くは、迷いが晴れ、前向きさを取り戻していく姿が見える。 
 元々は、学校という画一的な価値に対する反発から迷いが生じ、嫌気がさして不登校へ至っている
のだが、その愚かさに気付いているのである。


  ☆不登校増加への対策

 最初に、価値観の変化とその影響について補足、まとめをしよう。
 今現在、個人尊重の気運の高まりから、あらゆる価値観が乱立し、価値と価値とが混沌としている。
その結果、他人の価値観をどこまで認めて良いかという適切なラインが確立できず、様々な社会悪を起こ
している。
 いやむしろ、異なる価値観を過剰に認め、容認する事が、ワンランクレベルの高い精神構造であるといっ 
た愚かな風潮すら表れている。    
 その姿は、一見大人の価値観のような外観をしているが、その実、道徳や正しさを追求する事の苦しさ
から逃亡したものである。と、私は捉えている。もっとも、そのあきらめ自体が、大人の価値観であるとい
う全体的な風潮が強くその背景にあるのだが・・・。
 
 その中で、不登校対策には2つの方向性がある。
 1つ目は、今一度先生や親といった大人達が、厳しく生徒達を学校に縛り付ける事。
 2つ目には、時流に合わせて生徒の自主性を尊重し、フリースクールなどの施設やその他の教育システ
ムを充実させ、柔軟性を持った教育を行う事である。
 どちらの方向性にも、一長一短がある。 
 前者は、原因が子供の未熟さである以上、誤った方向性ではないが、時流に逆らう側面があるため、成
功への現実性が乏しい。
 後者は、時流に乗って、成功へは実際的なアプローチであるが、反面、生徒達の未熟さに対する甘やか
しという側面は否めない。
 どちらが有効かと言えば、現実味がある分、後者であろう。その中で、未熟さに対する甘やかしという側
面を改善していく方向へ尽力するしかあるまい。 
 個人的には、社会全体が、この社会的善の立場から、行き過ぎた個人尊重の気運を縮小し、その尊重す
るべきではないラインを確立するべきだと考える。
 この問題に限定して言えば、子供は概して未熟なものであり、その価値観を全面的に尊重する必要など
ありはしない。無論、これは今までの無個性教育の反動から来ている部分がある事は承知している。しか
し、教育とは、価値観を押しつけるものである事を今一度認識して欲しい。
 家庭でも学校でも、教育とは、社会にとって害のない、そして役に立つ人間をつくるための価値観を押しつ
けるものなのである。今までに対する批判は、生徒達の同一性への要求から、個性のない人間を育ててい
た部分に対するものであった。
 その本質を忘れ、いたずらに生徒の自主性を尊重し過ぎるのは、あまりにも軽率な行動ではないか。
 学校はあくまで縛り付けを強化し、その縛り付けに真に適さない生徒達のみ、フリースクールやその他の教 
育システムによって救済するべきである。



このウインドウは、右上の「閉じるボタン」で閉じてください。